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1/35 甲冑武者フィギュアの世界
作品NO.001 山城国人 水月隼四郎義昌(みずつきじゅんしろうよしまさ)
2006.6.25製作開始 2006.7.7完成
プロフィール
山城の国(西山城乙訓郡)の国人、水月左衛門介義信の次男。
幼少の頃から八幡太郎義家にゆかりのある石清水八幡宮に深く帰依。
武勇優れ、父義昌より、家宝(足利将軍義満より拝領)の名槍、落雁
(らくがん)をさずがる。



作品NO.002 山城国人水月家の家人 新池の多助(しんいけのたすけ)
2006.7.8製作開始 2006.7.10完成
プロフィール
山城の国、乙訓郡の新池あたりに捨てられていたみなし児。
国人、水月左衛門介義信に拾われ、次男の隼四郎と兄弟のように育てられる。
槍の扱いに長じ、常に隼四郎に付き従う、身辺護衛に命を賭ける。
当主義信にも可愛がられ、武具庫にあった古い腹巻と古頭形を貰い装備する。
(ただし、袖は腹巻に付属していなかったので、戦場で入手)
装備品
兜→日根野頭形兜 鎧→黒漆桶側胴具足
太刀→黒漆塗茶糸巻拵 槍→十文字槍(名槍落雁)
装備品
兜→古頭形笠シコロ兜 鎧→朱糸威錆地最上腹巻
打刀→黒鮫鹿皮巻茶石目鞘拵 槍→大身槍
作品NO.004 山城国人水月家の足軽 大旗持ちの吾平(おおはたもちのごへい)
2006.7.15製作開始 2006.7.16完成
プロフィール
山城の国、水月郷の百姓、弥平の四男。
水月家次男の隼四郎と子供のときから、幼馴染。
その関係から、隼四郎に旗持ちとして付き従う。
装備品
兜→お貸し具足の陣笠 鎧→お貸し具足の桶側胴。
武具→お貸し武具の脇差。



このフィギュアたちの時代設定
時代設定は、天文19年(1550年)です。
さて、天文19年といえば、どんな時代だったのでしょう。
通説では、7年前の天文12年(1543年)にポルトガル人から種子島に鉄砲が伝来しております。
鉄砲(火縄銃)は、その伝来の翌年、天文13(1544年)年には津田監物により関西に持ち込まれ、
芝辻清右衛門が、そして時を同じくして、足利幕府の命令で、近江国友村で、それぞれ国内生産
が開始されております。
足利幕府といえば、天文19年(1550年)に足利義晴が死亡した年です。
他に目を向ければ、甲斐では、武田晴信(のちの信玄)が、30歳。村上義清方の戸石城攻略に
失敗(有名な戸石崩れ)した年です。
で、みなさんおなじみの織田信長は、何をしていたのでしょう。この年に信長の父、信秀が病に倒
れております。
信長が父の死によって家督を継ぐのは、この翌年天文20年(1551年)のことです。
あの有名な桶狭間の合戦は、10年後に発生しております。
こんな時代に彼らフィギュアたちが、活躍しておりました。


作品NO.003 武具その1 火縄銃
2006.7.11製作開始 2006.7.12完成
大きさの比較のため、
爪楊枝を並べました。
上から 拾匁筒火縄銃
中筒火縄銃
爪楊枝
照星(先目当)と照門(前目当)は、このサイズで加工すると、
どうしてもオーバースケールになりそうなので、断念しました。

ここで、火縄銃について、少し解説・・・・
通常、足軽の鉄砲隊が装備している火縄銃は、6匁の玉(鉛弾径15.5ミリ)を撃つ中筒と呼ばれる火縄銃です。
有名な長篠の合戦で、織田・徳川連合軍が武田勝頼軍を粉砕するために大量に使用された鉄砲は、この6匁玉を発射する中筒だと思われます。
それに対して、拾匁筒は、読んで字の如く、10匁玉(鉛弾径18.4ミリ)を発射する火縄銃です。
当然、中筒よりも、銃身径(バレル)は太く、重量も重たいです。
別名、侍筒(さむらいづつ)ともいわれ、鉄砲足軽ではなく、侍身分の者が装備しました。
尚、文中の火縄銃の解説は、学研の歴史群像を参考にさせていただいております。私は火縄銃の専門家ではございませんので、もっと詳しい方がおられましたら、ご指導お願い申し上げます。

この角度から写真を撮ると、
銃身が光って見えて綺麗ですね。
上から 拾匁筒火縄銃
中筒火縄銃
爪楊枝

ついでに、大筒も作りました。
銃身が、失敗・・・(涙)
上から 大筒
拾匁筒火縄銃
六匁筒火縄銃
爪楊枝
作品NO.005 山城国人水月家の足軽 馬口取りの権三(うまきちとりのごんざ)
2006.7.15製作開始 2006.7.16完成
プロフィール
山城の国、水月郷の百姓、清右衛門の三男。
水月家次男の隼四郎と子供のときから、幼馴染。
その関係から、隼四郎に馬の口取りとして付き従う。
装備品
兜→お貸し具足の陣笠 鎧→お貸し具足の桶側胴。
武具→お貸し武具の脇差。
現在製作中
製作過程はこちら→歴史工作掲示板
画像はしばらくお待ちください。

作品NO.006 山城国人水月家の食客 猿橋善次郎貞明(さるばしぜんじろうさだあき)
2006.7.17製作開始 2006.7.23完成



馬口取りの独特な装備(幽霊雑兵さんのアドバイスから)
@予備の轡・・・面懸に取り付けた状態の轡
A馬柄杓・・・・平安末期より出現。長柄に桶を付けた馬用(馬上者兼用?)のものが、江戸時代には柄長60cm、桶径12cm程の馬上騎士専用品に・・・。今回は、「雑兵物語」挿入図の様に馬には陣笠に入れた水を与えると想定して、権三クンには馬上者専用の小型の物を腰へ・・・。
B鼻捻・・・・・50p程の樫の棒の端近くに穴をあけ韋紐を通し馬の口先が入るくらいの綰を付けた道具。暴れ馬の口に嵌めて棒を捻ると紐が締まり息苦しくなった馬は温順しくなる。
C「かりばかま」等を入れるための小袋・・・まあ、巾着袋とか晒に物を巻き込んで腰に巻く・・・
プロフィール
山城の国、水月郷の食客、備前浪人。
鉄砲の名手。全国を渡り歩いているときに、京の四条川原で水月家当主義信とある事件を
きっかけに知り合い意気投合し水月家の客将となり、その後水月家次男隼四郎の相談役
として付き従う。
装備品
兜→鉄地黒漆塗拾間筋兜(笠シコロ) 鎧→紺糸威伊予札胴具足
武具→無銘二尺六寸黒鮫柄籐巻鞘拵、拾匁火縄銃




予備の轡(くつわ)
轡を首からぶら下げる
馬柄杓・鼻捻を腰に差す
このフィギュアたちの活躍した山城の国乙訓郡とは・・・
水月家の本拠地である、山城の国 乙訓郡とは、いかなるところだったでしょうか?
戦国時代初期の山城の国といえば、まず思い浮ぶのは、『山城の国一揆』です。
ところが、有名な山城の国一揆は、山城の国の南部(南山城)の国人衆が中心でした。
宇治大路氏、木津氏、狛氏、椿井氏など、応仁の乱で東西両陣営に別れて戦った国人たちが惣村
の強い自治を裏づけに一味 同心し、国一揆を起こしたのでした。
では、その時代の同じ山城の国の乙訓郡の状況は、どうだったのでしょうか。
もともと、乙訓郡というところは、有力国人衆たちが足利幕府の奉公衆として組織・統括を受けており、
幕府の有力な軍事力をになっておりました。つまり、足利幕府の御家人衆の支配する地域だったのです。
その乙訓郡で、乙訓国一揆が発生したのが、山城国一揆発生の翌年、、長享元年(1487年)です。
そして、山城の国一揆と同様、惣国と称して国人衆の合議制で、地域を運営し、当時の山城の国守護伊勢
貞陸(いせさだみち)の守護代細川政元の権力を排除いたしました。
これは、水月家の現当主、義信の生まれる2年前の出来事です。
水月家は、このような、自治性の強い風土にはぐくまれた、国人衆なのです。
作品NO.012 水月家の足軽小頭 鳶目の宗兵衛
2006.8.4製作開始 2006.8.5完成





作品NO.007 大道具その1 柵
2006.7.24製作開始 2006.7.25完成



拾匁侍筒
腰につけた胴乱と火薬入れ
作品NO.008 大道具その2 盾
2006.7.27製作開始 2006.7.27完成


作品NO.009 大道具その2 米俵
2006.7.28製作開始 2006.7.28完成



作品NO.010 大道具その3 物見櫓
2006.7.30製作開始 2006.7.30完成
作品NO.011 武具具その2 長巻 和弓 空穂
2006.7.31製作開始 2006.8.1完成




プロフィール
山城の国、水月郷の足軽小頭。
鳶が空からネズミやトカゲの獲物を見つけるように、遠目が利くため、鳶目という二つ名を
持っている。
装備品
兜→お貸し具足の頭形兜 鎧→お貸し具足の桶側胴。
武具→お貸し武具の打刀、素槍
作品NO.013 水月家の弓足軽 梅四郎
2006.8.23製作開始 2006.8.25完成




作品NO.014 水月家の弓足軽 又六
2006.8.26製作開始
プロフィール
山城の国、水月郷の弓足軽。
装備品
兜→お貸し具足の頭形兜 鎧→お貸し具足の桶側胴。
武具→お貸し武具の脇差、弓矢・空穂
プロフィール
山城の国、水月郷の弓足軽。

