カーテンコール・中村梅之助・河原崎国太郎さんへ花束
2002年1月20日 前進座観劇会 南座  カーテンコール 中村梅之助・河原崎国太郎さんへ花束贈呈

会主催の南座の初春公演・今年で4年目。伏見の人々をはじめ前進座ファン・高校生・京都の大学への留学生・老人会など多数の参加。若い人から年配者・国際色豊かな南座でした。当日おくばりした観劇資料をご紹介させていただき、いつまでもこの余韻を味わいたいと思います。
伏見の新しい文化花咲く時代へ 松村茂 左の腕 前田愛子 左の腕・資料
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南座での初春観劇(2002.1.20)の感想

 日本のお芝居へのお誘いありがとうございました。
 先ず第一に南座はとても美しいです。中国の劇場と似ていますね。私はとても気に入りました。またいつか訪れることが出来ればと思います。
 日本語の台詞は理解できませんでしたが(日本の学生でさえも30%しか理解できなかったと言っていました)、お芝居は大変素晴らしかったです。役者の動作から意味を想像することが出来ましたし、また、舞台装置から古い時代の日本人の生活様式などが分かり、楽しみました。ともかくも全体的には、お芝居をとても楽しみました。
 ところで、中国では、観客が理解しにくい台詞などがある場合、説明字幕がステージの横の壁に映されます。すると、観客は役者が言っていることを容易に理解することが出来ます。
 もっともっと沢山の日本の若い人たちが、伝統的なお芝居を楽しめることが出来ればと願っています。
 またいつか、このような芝居を見たいと思います。 (中国からの研究者)
(本文は、英語で投稿されました。)

 南座に入ることができて、非常にうれしいです。
 芝居の雰囲気やファンの叫び声は、強い印象に残っています。芝居そのものについては、期待が高かったせいか、意味がわからなくて、すこしがっかりしました。でも、良く考えると、伝統的なものだから、言語と文化との壁があって、分からないのは当たり前のことですね。もし、前もって、勉強会のようなものがあれば、もっと芝居を楽しめるかもしれませんね。 (台湾からの留学生)
 注:フアンの叫び声:舞台の名演に客席・大向こうから「成駒屋!」など大きな声が出ました。

 昨日はおかげさまで夫婦そろって初めて南座で観劇させていただきました。
 京都まで車の往復は疲れましたが、それを上回る充実感を味合うことができました。
 本当に鍛錬されぬいた役者たちの演技に、いい年の男として恥ずかしくも涙拭きふき見せてもらいました。南座貸し切りで(この大不況下に)公演を成功させた伏見の皆さんの底力にも驚きました。本当に日本文化を支える者は誰かと考えさせられました。(50代男性)

 劇場での素晴らしいお芝居を観る機会を与えて下さってありがとうございました。
 この様な生の舞台を観るのは初めての経験でした。私は友達と一緒に大変楽しみました。お芝居に使われている日本語を理解するのは大変難しく、物語に付いていくことは困難でした。それは日本人にとっても難しかったようです。それでも、この催しに参加できたことは、とても素晴らしい経験でした。
 また、これからも催しをお知らせ下さい。ありがとうございました。(メキシコからの留学生)
(本文は、英語で投稿されました。)

 先夜の「左の腕」に感動して、ひと泣きして帰らせてもらいました・・
 前から「梅之助」っていいなぁって思っていました(TVで遠山の金さんを観ていた時から)が、やっぱり良かったです。あれだけベテランになるとすごいですよね・・引き込まれます・・  ありがとうございました。  (50代女性)

前進座
2002

初春特別公演 南座貸切 

五文叩き
(長谷川伸作)
うかれ坊主ー
七枚続花姿絵 (舞踊)
左の腕ー
無宿人別帳 
(松本清張原作) 松本清張没後10周年

中村梅之助・中村梅雀
瀬川菊之丞他出演
1月20日(日) 夜の部午後4時開演
会費 特等8700円 1等7200円 2等2500円

左の腕:右から瀬川菊之丞・河原崎国太郎・中村梅之助
清張作品と前進座   中村 翫右衛門  

松本清張全集が発刊されたことは、愛読者の一人として、また、清張先生を尊敬している一人として大変嬉しいことです。清張作品の定評はあまねく知れわたっていることで、私がいまさらいうまでもありません。ただ演劇、映画でその作品を演じましたので、手前味噌のようで恐縮ですが、少し述べてみます。
 映画は「無宿人別帳」、演劇は「いびき」「細川の茶碗」「左の腕」を演じました。このうち前進座で上演し、大都市はもちろん、全国を巡演し大好評を得 たのが「左の腕」でした.

中村翫右衛門
「左の腕」の舞台写真より

 「左の腕」は「無宿人別帳」の中の一話です。無宿者である「卯助」という昔大泥棒であった老人が心から改心して、一人娘に愛情を傾け、あめ売りになっているのを、「稲荷の麻吉」というよこしまな岡っ引きが卯助の左の腕の入墨をとっこにとり、自分の非道を通そうと弱みにつけこみ、蛇のようにつきまとって、権力をかさに無法の圧迫を加えようというのがあら筋です。そのあめ売りの卯助を私が演じました。この作品を読めばその麻吉の人間性と卯助の人間性が実によく描かれて、いつのまにか読者は事件に引張って行かれます。私はこの面白さを演劇に、それも新しい歌舞伎劇に仕立てたいと考えました。
 
いわゆる歌舞伎の世話物、黙阿弥の二番目狂言として、内容は現代的で、形式は「カブキ」に。然し、ここに一つの心配は、様式化される為に、清張作品のもつ独特の真実感が失われはしないか? 
  
なにしろ、台詞は七五調に、動きも世話物的様式に、音楽はもちろん下座音楽を十分につかおうというものですから、形式が先走って、内容が生かされるかどうか、このなやみが私につきまとうのです。賛成者も少ないのです。私は清張先生に相談しました。
「いいじゃないか、やってみたら」といわれたとき、嬉しいと同時に責任をいっそう感じたのです。脚色は前進座の平田兼三君、演出は津上忠君。心配のうちに初日の幕は開きました。私の心配なぞ吹飛ばすように観客は老いも若きもひとしく強烈な拍手を送ってくれるなかに最後の幕は閉まりました。清張先生も観て激励してくれました。
 作品、脚色、演出、縁起、音楽、装置、こんなにうまくとけあったことも珍しいことでしょう。この成功はそれも大きな原因でしょうが、なんといっても、この作品の裏には、まちがった政治から生まれる矛盾をつき、悪に傾く人間でもそうなっていく社会的環境が描かれ、社会の矛盾に鋭くメスを入れて行く、高い人間愛に貫かれていることが、観客の心を打ち、この演劇の成功の原因と思います。
 このことは清張作品の底にある大きな魅力であると信じます。(全集月報48・7)

主催 21伏見・夢と幸せはこぶ会

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