「雪・月・花」三名園の一
雪の庭

妙満寺本坊にある「雪の庭」は、俳諧の祖と仰がれる松永貞徳(1571〜1653)の造営であり、貞徳は清水・北野(一説には祇園)にも同時に庭園を造ったとされる。
清水を「月の庭」・北野を「花の庭」(現存せず)と称し、それぞれが成就院という坊にあったことから成就院「雪・月・花」の三名園と並び称されていた。
比叡の峰を借景にした冠雪の眺望が最も美しく、これが「雪の庭」と称される由縁である。当山の岩倉遷堂の際に成就院より本坊に移築した。
霊鐘
安珍・清姫伝説の鐘

「鐘に恨みは数々ござる」で知られる紀州道成寺の霊話は長唄、歌舞伎等の芸能に取り入れられている。その物語に縁あるこの鐘は数奇な運命で当山に伝わった。
正平14年(1359)3月31日、道成寺では安珍・清姫の伝説以来、永く失われていた鐘を再鋳し、鐘供養を盛大に営んだ。その席に一人の白拍子が現われ、舞い終わると鐘は落下し、白拍子は蛇身に変わり日高川へと姿を消した。その後に災厄が続いたため、清姫のたたりと恐れた寺は鐘を竹林に埋めた。その話を聞いた「秀吉根来攻め」の大将・仙石権兵衛が掘り起こし京都に持ち帰った。時の妙満寺貫首日殷大僧正の法華経による供養で怨念を解かれ、鳴音美しい霊鐘となった。
当山では、例年の春の大法要において鐘供養を営み安珍・清姫の霊を慰めており、道成寺を演じる芸能人はこの鐘に芸道精進を祈る。
インド・ブッダガヤ型
仏舎利大塔

インド・ブッダガヤ大塔は、釈迦牟尼仏が覚りを開いた聖地にアショーカ王が紀元前200年頃建てた供養塔で、仏教最高の聖跡である。
「釈迦牟尼仏の精神に帰れ」という妙満寺の教えの象徴としてこの大塔をイメージし、昭和48年に全国檀信徒の写経浄財によって建立されたのが、当山の仏舎利大塔である。ブッダガヤ大塔をかたどったものとしては日本初の建築である。
一階正面には釈迦牟尼仏坐像を安置し、最上階には古来より当山に伝わる仏舎利が奉安されている。
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