「 私の大好きなピアノ曲 」


 こちらのMIDI は「Microsoft GS Wavetable SW Synth」に合わせて作ってあります。
 変更する場合 「マイコンピュータ」→左の「コントロールパネル」→「サウンドとオーディオデバイス」→「オーディオ」→「MIDI音楽の再生」→「Microsoft GS Wavetable SW Synth」

     ※ 大好きである以上、多少おおげさな表現が含まれています。^^;


    ● リスト ロ短調ソナタ pf:ニコライ・デミジェンコ Nikolai Demidenko  CD・Helios ( Hyperion )

     あの、殆どのピアニストがミスを多発してしまう恐ろしく偉大なロ短調ソナタを、デミジェンコ氏は全ての音を完全に自らのコントロール下に置き
     殆どミスをする事もなく美しく弾かれており、このCDでは氏の演奏の特徴である完璧に近い技巧・巧みなアゴーギク(テンポの緩急)とデュナーミク(強弱)
     ・和音の強打 ・天使の様な弱音、等の優れた効果により、この曲の演奏でありがちな、ぎこちない指の癖を殆ど感じる事のない「 本当のロ短調ソナタ 」の
     姿を知る事が出来ると思います。(極一部のみ、好きではない解釈もありますが・・・)
     この素晴らしく美しいロ短調ソナタを聴くと「 ロ短調ソナタは最高の技術でしか完成させる事の出来ない究極の美 」だという事に気付くでしょう。
     私はCDやネットで100人以上のピアニストによるロ短調ソナタの演奏を聴いてみたのですが
     今の所、CDでは ニコライ・デミジェンコ氏による演奏が群を抜く素晴らしさを誇っていると思っています。


    ● リスト ロ短調ソナタ pf:Alexei Grynyuk

     デミジェンコ氏のロ短調ソナタが美の極地だとした場合、Grynyuk氏のロ短調ソナタは超絶技巧の極地だと言えるでしょう。
     技巧的な部分において恐ろしく速く正確に美しく弾かれるのみならず、緩徐部に至っても決していい加減にならず美を保ち、この演奏以上の最高の意味での
     インパクトのあるロ短調ソナタは、他には存在しないのではないかと思える程に素晴らしい演奏をされています。
     ロ短調ソナタ以外の演奏を聴いてみても感じますが、恐らくAlexei Grynyuk氏は人類で最も技術的に優れたピアニストでしょう。


    ● リスト ロ短調ソナタ pf:野島稔 Minoru Nojima

     こちらはネット上にあった録音を聴いたのですが、野島稔氏のロ短調ソナタにもデミジェンコ氏の演奏に決して引けを取らない清潔な美しさが存在しました。
     日本人でこれほどまでに技術的な不満を感じさせずに、このロ短調ソナタを演奏出来る方が居るとは嬉しい限りです。
     終わりの方のオクターブも見事に美しく弾かれ、本当に素晴らしいロ短調ソナタです。
     今から思うと、デミジェンコ氏は野島氏のロ短調ソナタに最も感銘を受けてあの素晴らしく美しい演奏になったのではないか?と思える程です。







     では、私がロ短調ソナタを聴く時に、特に注目する場所がありますので少し説明をしてみます。


       まずは、左手のみのオクターブによる瞬間移動から MIDI

       
        ちなみに、上の譜では2小節目の下段最後の音ソの♯が抜けてます。


      この場面での左手のオクターブはド♯を軸とした幅の広い瞬発的な跳躍のパターンですが、両手共オクターブの場合の様に
      右手側の目立つ高い音を強く叩き、左手側を適当に抜いて弾くという様な誤魔化しが利きません。
      よって、左手がミスをすれば瞬時に解ってしまう恐怖の跳躍だと言えます。
      ただ、この場所は上手く弾き去るピアニストも多いです。

       左手のオクターブのみ MIDI



      似たタイプの超絶技巧として、ピアノコンチェルト1番の出だしと3楽章の終わりに2回と計3回登場する
      両手による幅の広い瞬発的な跳躍があります。

       両手共にオクターブ MIDI

      この跳躍は3楽章の終盤に出てくる時にミスをされる事が多く、やはり相当な技術と集中力を必要とされる様です。


       



      次は、その直後にくる美しい場面です。


       爽やかな風に優しく包み込まれるよう MIDI

      ここは多くの音の中から美しい旋律を上手く引き出す必要のある場面で、適当に弾かれてしまうと美しい風景との出会いは叶いません。
      どこまで「 美 」を引き出す事が出来るのかを注目する事の出来る、ピアニストの感性を知る為の重要な場面だとも言えます。
      弾き方によっては、空高く飛び 美しい虹の橋を駆け渡ることも出来るでしょう。



      普通のピアノソナタだと考えた場合の緩徐楽章、このロ短調ソナタの場合は中間部的な部分となる所については
      余りに素晴らしすぎて言葉で全てを表す事など到底出来ません。

      素朴な旋律達は、悩める人が霧の掛かかった草原で美しい小さな花( 希望 )を探し彷徨う様でもあり
      徐々に強く弾かれてゆく場面は、苦しみの中に居る人が神に対して必死に祈りを捧げ続ける姿の様でもあり・・・。
      その後、とうとう祈りは神へと届き、静かで安らかな天国の入り口に辿り着く。。。

      とにかく、この切なく苦しい想いや温もりを知る為には本物を聴く以外は無いと思います。( MIDIでの再現は不可能です )
      ・・・ ニコライ・デミジェンコ氏の演奏を強くお奨めします。



      この曲の終楽章的な部分、無理矢理ソナタ形式として考えた場合の再現部的な部分はフガートで開始されます。


      なんといっても最重要なのは、終盤に現れる右手・左手と続くオクターブです。
      曲の終わり近くという事もあって、まるで人間が死ぬ間際に見ると言われる走馬灯のようでもあり
      私はこの場所の事を、子供の頃の楽しい記憶のイメージで「 メリーゴーラウンド 」と名付けています。

      極端に言うと、ここで煌びやかなメリーゴーラウンドが脳裏に浮ばない演奏はロ短調ソナタだとは思えない程に重要だとすら思っています。


      前半は右手のオクターブ・後半は左手のオクターブ  「 メリーゴーラウンド 」 MIDI


      前半の右手によるオクターブのみ MIDI
       途中で休みが多く入る為、この場所での失敗はこの後の左手よりは少な目。


      後半の左手によるオクターブのみ 超難題 MIDI
       途中での休み(下の譜の7小節目の最初)が1回のみで、多くのピアニストが崩れてしまいます。


        後半の譜(左手によるオクターブの連続)
       



       この左手によるオクターブの箇所では多くのピアニストがミスをし、散々な目に遭うのですが
       ニコライ・デミジェンコ氏は見事にメリーゴーラウンドを登場させています。

       デミジェンコ氏の採用した弾き方は、アゴーギク・デュナーミクを駆使して成功させる方法で
       本来なら上にあるMIDIの様に出来るだけ一定のテンポを保つべきだとは思うのですが、譜を見れば解る様に
       所々に恐ろしい跳躍が潜んでいる為(上の譜では、2・4・6小節目の最初)、テンポは細かく変化させた方が良い演奏となり易い様です。

       Alexei Grynyuk氏の場合は猛スピードのまま一定のテンポで乗り切ろうとされた為に
       やはり後半の左手の方では少しだけ違和感はあるのですが、それでも余りに凄いので感動してしまいます。


       私は、このロ短調ソナタをどれくらいのレベルで弾けるのかによって、そのピアニストのレベルを判断しています。
       比較的簡単な曲やソロ以外の曲では誤魔化しが利きそうなのですが、この偉大なロ短調ソナタは誤魔化しようが無いと思うからです。
       リスト自身もわざとミスを誘う様な構成にしたのでしょうし、しかもミス無く弾く事が出来れば最高の効果をもたらすという・・・。

       この大変な曲の最後に登場する「 メリーゴーラウンド 」は、リストの作った「パガニーニ・エチュード S.140(初版)」からの
       「3番 ラ・カンパネラ」(前半はパガニーニのヴァイオリン・コンチェルト2番の終楽章の主題、後半は同じくパガニーニ作曲
       ヴァイオリン・コンチェルト1番の終楽章の主題を扱った曲で、一般的によく弾かれるカンパネラよりも遥かに難しいとされる曲です)
       の終盤に要求される、左手のみで15度(2オクターブ)の幅を持つ和音と似ていて
       フィギュアスケートで例えると最後に5回転ジャンプを要求される様なものなのでしょう。


        パガニーニ・エチュード S.140(初版)からの ラ・カンパネラ終盤
       

        左手の一番上の音ラ♭を右手で押さえるとしても、左右の手共に10度の幅があるのですが
        この曲はリストの若い頃の作品であり、当時のピアノは発展途上で鍵盤の幅の狭いものも多かったようで
        10度なら現在のピアノでのオクターブに近いくらいの感覚で届いたのかも知れません。
        ただ、その様な鍵盤の幅が狭いピアノであっても左手のみで15度の幅はかなり厳しいとは想像出来ます。
        タラソフやポゴレリチなら届きそうですが・・・。


       ※重要な事をひとつ。
        この曲は、あのリストが創った唯一のピアノソナタなのですから、恐ろしく難しいのは当然の事で
        ピアニストがミスをしてしまっても「 偉大な曲への挑戦 」を感じる事が出来、やはり感動してしまいます。







     大変人気のあるラフマニノフのピアノコンチェルト3番1楽章のカデンツァ内における
     有名な、オリジナルとオッシアの違いを参考にどうぞ。


      まずは、この曲1楽章の第1主題と第2主題。( オルゴール風の音にしてみました )


       1楽章の 第1主題        オルゴール音   50秒
        ピアノは1本の旋律(オクターブ・ユニゾン)で進みます。


       1楽章の 第2主題群から        オルゴール音   1分18秒
        この第2主題はオルゴールの定番になっても良い程の素朴な美しさがあります。



     有名なカデンツァ2種( オリジナル と オッシア )の違い。

     ●このカデンツァでは前半に第1主題(変形)が扱われ、途中で管による第1主題の変形が注入された後、第2主題を扱い終了します。

        図で示すとこんな感じになります。


       → カデンツァ開始 -- 第1主題を扱う ---------------- / --- 管(第1主題 変形)--- / --- 第2主題を扱う ---→ カデンツァ終了


     ●この中で、オリジナルとオッシアの違いが現れるのは、前半の第1主題を扱う部分全体の前2/3くらいとなります。


       → カデンツァ開始 -- オッシア -----↓(以降は同じ)

                               → ------------ / --- 管(第1主題 変形)--- / --- 第2主題を扱う ---→ カデンツァ終了

       → カデンツァ開始 -- オリジナル ---↑




      大カデンツァとも言われる「 オッシア 」の部分のみ。

       1楽章のカデンツァ ossia        ピアノ音   1分30秒 ↓
                                               

                                              → ここからはオリジナルとオッシアが合流        ピアノ音   14秒
                                                 オッシア終了後、一本化されたカデンツァはまだまだ続きます。
      小カデンツァとも言われる「 オリジナル 」の部分のみ。                      ↓↓

       1楽章のカデンツァ original        ピアノ音   45秒  ↑
                                                オッシア終了直後から
                                               


      カデンツァ全体( オッシアを使用 )

       1楽章のカデンツァ全体 ossia ( 管はカット )        ピアノ音   5分01秒
        オッシアの部分は上のMIDIでは、始まりから 01:29 までとなります。
        02:45 辺りから第2主題を扱うのですが、テンポを遅めにして2番の2楽章を少し感じる様にしてみました。




        カデンツァの開始(上・オッシア 下・オリジナル)

       


        オッシアの終わり(上・オッシア 下・オリジナル)

       




         ちなみに私の好きなCDを挙げますと、オッシアならベルマンの演奏(終楽章の最後に解り易いミスはありますが)
         オリジナルならコチシュの演奏となります。 ・・・他にも良い演奏は多くあると思います。

         但し、ロ短調ソナタにおけるデミジェンコ氏の演奏ほどに猛烈に愛するという訳ではありません。


       ※ 変わり種としては、アンドレ・ワッツの「出だしがオリジナル」で「その後オッシア」へと変化するカデンツァがあり
         他にも、マイケル・ポンティはオリジナルとオッシアの両方を連続して弾いたりしているそうです。(ポンティの方は聴いた事がありません)







         ラフマニノフの2番の方は90年チャイコフスキーコンクールでのセルゲイ・タラソフ(Sergei Tarasov)の演奏以外は殆ど聴きません。
         この演奏では2楽章の終わりの方で大きなミス(左手のアルペジオがボロボロになり、それが右手にまで伝達してしまう)があるのですが
         このミスがこの曲の作られた背景と重なり、もがき苦しんだラフマニノフ本人を現している様で物凄く感動してしまうのです。







         世界一美しいピアノコンチェルトである(私がそう思ってるだけですが)、スクリャービンのピアノコンチェルトについては
         ニコライ・デミジェンコ氏(Nikolai Demidenko)の演奏によるCDが群を抜く美しさを誇っていると思います。
         思い出すだけでも涙が出そうになる2楽章では、特に第4変奏( 6:29〜)のゆったりとしたテンポが他の演奏とは違う美しさがあり、何度聴いても感動してしまいます。
         ただ、このCDので第4変奏についてはクラリネットの音がもう少し小さければ更に良いだろうなとは思います。^^;

         他には、アナトール・ウゴルスキ氏の演奏が終楽章のコーダの少し前の部分のみ、デミジェンコ氏の演奏よりも良いと思える部分があります。
         第1ヴァイオリンとフルートが「 ドソ♯|シーーラシド 」と突然切なくなる旋律のところで、デミジェンコ氏の出すピアノによる重音が強打過ぎていて
         その旋律の美しさを消してしまっているのです。この部分のみウゴルスキ氏の録音の方が好きで、他の部分はデミジェンコ氏の録音の方が好きです。


          2楽章・第1変奏のピアノ(ポリリズムが多く含まれています)        ピアノ音   1分44秒
          木洩れ日の下を歩く様な爽やかさを持つ、美しく切ない第1変奏。


          3楽章・第2主題後半を扱った変形 和音の強打        ピアノ音   16秒
          第2主題前半をピアノとオーケストラで盛り上げ、その直後に登場するピアノソロによる場面。
          片手で10・11・12度幅の和音の強打を要求されます。(スクリャービン自身は手が小さく分散させていた様ですが)





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