五色の散り椿

豊臣秀吉が伏見城築城の際、
各地から集めた茶花の一つと伝えられる。
樹齢約400年の古木。
江戸時代始、茶人の作庭家として名高い、
小堀遠州が伏見奉行を務めていた時、
御香宮を訪れ、各地で名木を見て来たが、
これほど見事なツバキは、おそらくないだろうと、
たたえた事から以来、
『おそらく椿』とも呼ばれている
樹高約4メートル
純白、ピンク、白の斑(ふ)入りと
五色の花が咲く同じ椿でも、
ひっそりと咲くことで愛される
『わびすけ』とは趣も異なり、
秀吉好みと思われる。
ところがらの藤
江戸時代前期、後水尾上皇(ごみのうじょうこう)によって命名された。
ところがらの藤と、その碑文

碑文
此の藤の花を柴山の前黄門へ参らせければ
千代かけて見るともあかじ呉竹の
ふしみの宿のふじなみの花」
と詠みじ給ふて猶愛給ふあまりにしかじかのよし申させ給ふて
院の御所へ奉らせ給ひければ
所がらとのたまはせ給ふて詠めさせたまふとなむいとかしこし
遠江守藤原久周
東湖路(ところ)がら濃(の)
君が言の葉千代かけて
春にわするなやどの藤波
