プロローグ

 

皆さんは“飴かい幽霊”という話をご存知であろうか?

 「今は昔、慶長四年の京都の江村氏妻を葬りし後、数日を経て土中に幼児の鳴き声あるをもって掘り返し見れば亡くなりし妻の産みたる児にてありき、然るに其の当時夜な夜な飴を買いに来る婦人ありて幼児掘り出されたる後は、来らざるなりと。
 此の児八才にて僧となり修行怠らず成長の後遂に、高名な僧になる。寛文六年三月十五日六十八才にて遷化し給う。」

 死して墓の中で子を成した母が幽霊となり、毎夜飴を買い求めてはその子に与えていたという、怖くもどこかもの悲しい話である。この“赤子塚伝説”と呼ばれる話は全国各地に類例があり、京都市内だけでも西陣等に4例ほど確認されているという。

 

 そして、ここに一冊の本がある。

 京の怪談と七不思議 京を語る会編 (昭和55年7月10日発行)

 この本にも「死んで児を育つ」という題で“飴かい幽霊”の物語が紹介されているが、特筆すべきはその章の最後のくだりである。

 「またその飴屋は『幽霊飴』で売り出し、松原東大路西入珍皇寺近くに永らくありましたが、商売替えをしたとやら、それでもお精霊迎えには本家はここじやと店を出していました。」

 ん…。

 幽霊飴?

 …。

 く、、、食いてぇ〜。

 “エセオカルトマニア”かつ“グルメ”な隊長は決意した。その珍皇寺近くにあったという“幻の飴屋”を見つけ出し、商売替えをしてようが“幽霊飴”を製造させ、ワシのお口いっぱいに放り込んでやると…。

 しかし、人一人でできることには限度がある…。仲間を見つけるとしても、“飴を食べたい!”との理由だけで協力してくれる人間が果たして存在するのであろうか?

 隊長は悩んだあげく、強行作を取った…。

 

 

翌日の朝一、、、

 

うらふじ隊長 「なきくん隊員、ウラスペ!初調査の対象を決めたぞ!」

 

 

なきくん隊員 「な、、、ウラスペ!ってなんですか?それに隊員って…。」

 

 

うらふじ隊長 「ずばり、『幽霊飴伝説』だ!こいつは忙しくなるぞ〜!」

 

なきくん隊員 「だから、ウラスペ!って一体…?」

 

 

 その夜、我々は居酒屋に向かった。そこで隊長が持つ“幽霊飴伝説”に関する資料を基に入念な説得会議を行った。何か納得がいかないような表情をしているなきくん隊員を他所に、この伝説を解明する必要性(飴屋を探す必要性ではない…)を力説した隊長であった…。闇の歴史があるはずだと…。(闇の歴史については、ウラスペ!トップページ“ウラスペ!とは…”参照)

 そして会議終了後、なきくん隊員はこう言い放った…。

 

なきくん隊員 「だからぁ〜、ウラスペ!って何ですのん…?」

 

 

 

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