| 明治38年、初代・井上弥三郎が、二条城にほど近い上京区松屋町で、「植弥」の名称で創業。本山寺院や個人庭園の施工管理などを手がけてきました。 戦中戦後の混乱期には、活動を縮小した時期もあり、幾多の辛酸を舐めながらも、何とか激動の時代を乗り越えてきました。 昭和33年、二代・井上修の時に、「井上修造園」と改称。京の寺院、町家、商家などの作庭や剪定を主体として活動を続け、昭和48年に北区上賀茂に移転しました。 昭和60年には京都市入札指名業者として登録、公共事業参入への道を歩み始めました。 平成7年に、井上修が京都市伝統産業技術功労者賞を受賞。翌年(平成8年)、京都市勧業館"みやこめっせ"で行われた、受賞者の記念作品展示に、屋内用盆栽を出品しました。これが、今回名づけた「実景盆栽」の原形となりました。 また、平成の初めごろから、衰退樹木の回復作業に着手、現在も技術開発、資材開発の両面から研究を続けています。 平成6年には、三代・井上晃(現代表者)が、京都市との姉妹都市提携10周年を記念して、メキシコのグアダラハラ市に日本庭園が建設されるにあたり、京都府造園協同組合より派遣された協力団員の一員として、現地での作庭に関与しました。 日本とは全く異なる気候風土での日本庭園作庭の経験は、伝統文化の担い手としての造園人のあり方を改めて考え直す貴重な機会となりました。そして、異業種企業との交流・融合ということの必要性を痛感するようになりました。 平成12年からは、その第一着手として、古建築復元模型制作の株式会社さんけいとのビジネス交流を始め、"切磋琢磨"のスローガンのもとに、庭園コンテストに挑戦。 平成13年、石川県金沢市での「花と緑のコンテスト」では、デザイン部門において最優秀賞を受賞しました。 "造園家の提案する経済活性化"をテーマに、長年培われた伝統技術を踏まえた上で、衰退樹木の保護作業、ビジネス交流による生活全般にわたるデザイン設計、実景盆栽の普及、等を目指して、日夜、研鑽を積んでおります。 |
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| 代表者 井上 晃 プロフィール 昭和34年7月1日生。昭和57年、南九州大学園芸学部造園学科卒業。農学士。 一級造園施工管理技士。一級造園技能士。一級土木施工管理技士。 京都府農薬管理指導士。 平成9年1月25日、二代・井上修の死去により、事業を継承。現在に至る。 |
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